躾を厳しくされていた人とそうでない人の違いってなんでしょうか?
大人になってもまだ、アメリカ人の妻から厳しく躾をされている、セシルの安田です。
英会話スクールを運営していると、日本人だけでなく、いろいろな国の人の子どもやその親御さん、また学生や社会人の方とお会いします。今回は躾について。
躾(しつけ)とは辞書によると、(参照:ブリタニカ国際大百科事典)
社会生活への適応に必要な望ましい生活習慣を形成すること。田の植付けや着物を仕立てる際のあら縫い(仕付)の意から,子どもに幼児から礼儀・作法を教え込むことをいうようになり,〈躾〉の字が用いられるようになったとされる
「躾」の漢字のつくりを見ると、「身」、「美」となっていますね。自身を美しく見せるという意味でしょう。なんか日本っぽくないですか?
英語では「discipline」といいます。動詞や名詞で使えます。
日本語の「しつける」という動詞には、「子どもに礼儀・作法を教える」ことなので、大人に躾けるとは言いませんね。私のような未熟者が躾けられるのはいいのですが。
犬などのペットの場合は、「躾る」よりも、「トレーニング・訓練」が正しい使い方でしょうね。
「Dog Whisperer with Cesar Millan」というアメリカの番組がありました。愛犬家で調教師のシーザーミラン氏が、トラブルを起こしす犬、飼い主によるしつけがうまくいかない犬を飼っている一般の家庭へ出向いて、その飼い主とともに、トレーニングをして、問題解決を紹介していました。正しいトレーニングと飼い主の知識次第で犬の様子がこんなにも違うのをみて、親子の関係となんか似ているな〜と感じずにはいられないのを覚えています。
大人を躾けるのによい方法は「軍隊入隊」でしょう。上官、軍曹の命令は絶対だからです。上の命令が聞けないような、軍にふさわしくない言動、行動、態度をとることは、自分の部隊、自国を滅ぼすことになるからですね。本当に厳しく鍛えられると思います。Dead or Aliveです。
子どもの躾についての専門家の意見や、ハウツーモノなどは書物やインターネットで閲覧できます。また躾の行き届いていない子どもやその親に対する批判を日本だけでなく、海外でもよく聞きます。
こと、子どもに関するしつけについて、幼稚園、小学校、中学校、または私たちのような習い事でも、先生の話を聞かない、遅刻常習、挨拶をしない、親切にしてくれたこと、助けてくれたことに対するお礼をしない子などをたまに見かけます。
そんな子を見かけたら注意はしますが、私の英会話スクールでは、「英会話ができるようになるためのスクール」なので、子どもに躾を教えたりはしません。
しつけスクールではありません
なぜでしょうか?
それは、私たちの「目的」が違うからです。
あなたが子を持つ親やまわりの大人であれば、子どもに躾をする目的はなんですか?目的なく、ただ躾をすることは、子どもにとって単なる「おしつけ」と感じられるか、大人となったそのような子どもは、躾の意味がわからないから、人間関係で苦労することになるでしょう。
私は、子どもに躾をすることは、「知識を教えること」だと思っています。
「躾の知識」とは、社会生活への適応に必要な望ましい生活習慣を形成するための礼儀や作法のこと。
だから目的は、
「その知識をいつでも、どこでも、だれとでも使える判断を、子ども自身ができるようにすること」:自己規律(Self-discipline)ができる大人になること。
例えば、子どもであれば、「遊んだおもちゃを片付けること」という知識を知っていたら、それをどうして片付けるといいのか、その場で子どもが判断できるようにすること。「おもちゃを片付けないと、だれかが大切なおもちゃを踏んで壊すかもしれないし、踏んで怪我をするかもしれない」、そのようなことを理解できるようになれば、また次回も、同じおもちゃで遊ぶ時、楽しめると思うのです。
大人であれば、公共の場で使ったテーブルを使って、食べ物などで汚してしまったら、後の使う人のためにきれいにしておくことなど、当たり前の行為。
よく「マナー」っていうけど、「躾」という基本、ベースがあってはじめてマナーが成り立ちます。テーブルマナーであれば、ナイフやフォーフの使い方を知っていても、躾がないと、マナーは身につかない。
では、どのように子どもを躾たらいいのか?
先の子どもを躾けることは、「知識を教えること」と言いました。「教える」のです。親であれば、躾の知識を自分の子どもに教えるんです。
たったこれだけのこと。言葉だけで伝えることが教える方法ではないですよ。親自身や大人が、子どもに手本を一貫した姿勢で示すことができるかどうかということだと、思うんです。
「教える」作業は、親にその知識がないとだめ。知識があって、それを子どもに理解させることができて完了します。
躾ができていない子と言われている場合、おそらく、その子に「人の話を聴く能力」が無いか、理解できるように親や周りの大人から教えてもらっていないのでは、と思います。つまり、親子のコミュニケーション不足です。
または、親やその周りの大人が躾を重要と思っていないか、躾そのものの知識がない。だから、知識がないものは教えられません。悪いことを子どもがしても、悪いこと自体を親が知らないと、子どもは「やりたい放題」になりますね。そんな子どもを他人が見て感じるのは、「躾がなってない・・・」とかなんとか。
そして、子どもに理解させるのに、たまに見かける親や大人がすることとして、「命令」か「一喝」、「恫喝」。これは教える行為ではなく、「脅し」です。騒いでいる子どもに脅して静かにさせても、他のところへ行けばまた同じことが繰り返すことになります。もし、親自身もそのお友達と大きな声で話しているところを、子どもに見せていては、親に言っていることと、実際にしていることの一貫性がなく、子どもにとって躾のつもりが、まったく意味がないのです。
おそらく恫喝したり脅す親は、またその親や周りの大人からそのように子どものときに躾られたかもしれません。
親や大人がたとえ社会的に素晴らしいと言われている職業についている人であっても、アメリカ人、韓国人、他のどこの国や文化の人でも万国共通で、言っていることと、実際にしていることに一貫性がないと、子どもにしてみると、「大人だってやってないじゃん!」と言われても仕方ない。
「躾ること」を私の英会話のレッスンで行うのは、あまり効果的な英会話の授業ではないと思うのです。
だってみんな「英会話ができるようになりたい」と思っているから。
安田 英承
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