学力の土台と語彙量について

英語で子育て

先日、「英会話ができるための単語数とは?」のブログで

日本の小学校の成績水準と日本語のword数の関係性を比較すると、
「発達遅れ・水準が低い」とされる小学1年生の平均的word数:2,000
「発達遅れ・水準が低い」とされる小学6年生の平均的word数:8,000
「普通」とされる小学1年生の平均的word数:3,000
「普通」とされる小学6年生の平均的word数:16,000
「よくできる」とされる小学1年生の平均的word数:7,000
「よくできる」とされる小学6年生の平均的word数:37,000
これらのword数の違いをみると、特に入学時のword数の違いに3倍の開きがありますね。
また小学6年生で2倍のword数の違いがあります。
なんなんでしょうね、この違いは?ものすごい知識の差ですね。

 

ということを書きました。それについて質問がありました。

  1. 「同じ内容を授業を学校で受けているのに、この違いが出てくるのはなぜでしょうか?」
  2. 「バイリンガル教育を受けている子どもの英語と日本語の語彙量はどうか?」

1:「同じ内容を授業を学校で受けているのに、この違いが出てくるのはなぜでしょうか?」

これについて、上記のデータの出処は、「元小学教諭の岸本裕史氏の調査」からです。注視すべきは、小1のword数がクラスの中で3倍以上開きができています。小1の時点で同じ教育内容を受講しているのにもかかわらず、これだけの数値の開きがあるのは面白いと思います。

このデータは、明らかに子ども自身が何かをしていることです。なぜならば、この時期の年齢同士の遊びの会話や先生との会話、また親子の会話から、これだけの言葉の数が増えるのは考えにくいですね。

であれば、子どもの生活環境・習慣でしょう。

実際、この時期の子どもは1年毎に5000語増えていきますが、このデータの裏付けとして示しているのは、月間の読書冊数、物語の読み聞かせや絵本などどのくらいの時間費やしているかによって、word数が顕著に増えるとしています。つまり読書に当てる時間の割合が増えるので、必然的にテレビの鑑賞する時間がほとんどない。

あと、両親の言葉遣いの質も多いに影響されている、とのこと。両親の学歴が低いとか社会的地位、所得とかまったく関係がないとは言い切れないが、親自身がどうあるべきかということのほうが重要です。親が子どもに「知的好奇心や関心を示す」こと、つまり「親の背中を見せる」ことでしょうね。

 

知的好奇心や関心を子どもがもつこと

親子で娯楽などの表面的な楽しさを共有することが、知的好奇心や関心を子どもに示すことではないような気がします。例えば、テレビゲームや娯楽番組を楽しむこと、それ自体は親子で楽しむ素晴らしい機会だと思うけど、それが子どもの知的好奇心や関心を示すことになるのでしょうか?

また、父親が帰宅後、テレビ鑑賞ばかり、母親は子どもを預けっぱなしにすることなどの「親の背中を見せる」行為自体は、親自身が変えられることですね。

でも経済的理由などで親自身がなかなか変えられない家庭環境の子でも、素晴らしいリーダーのいるアメリカの小学校へ見学して、学校側でも児童に「知的好奇心や関心を示す」ことは、十分にできることを目にしました。学校は知的宝庫ですからね。図書室はあるし、音楽室はあるし、ゲームの持ち込みなどはできませんし、テレビや娯楽はない。環境的には問題ないのに、6年生になると2倍のword数になるのは、子ども自身がもつ知的好奇心や関心と読書量に関係があると言わざるおえません。ただし、日本の場合は学習塾など学校以外の知的習得環境が家庭により恵まれている場合もあるため、その学習自体が語彙量を増やす結果にはなっているでしょう。ただし、子どもの知的好奇心や関心から語彙量が増えているのかは、語彙量の質の違いがある様な気がします。

 

ゲームもほどほどに

ゲームもほどほどに

 

つまり「読む」「書く」作業の質は、知的能力と比例していていると思う。私自身、「読む」「書く」作業に慣れていないので、このようなブログを書いていて、知的能力に低さを恥じもなくさらけ出していると、読書量と質がある人を羨ましく思います。

 

2「バイリンガル教育を受けている子どもの英語と日本語の語彙量はどうか?」

もし仮に子どもの言語能力に限界とか、容量が決まっているのであれば、先のデータを引用すると、

「普通」とされる小学6年生の平均的word数:16,000

この子どもの生活・言語環境にもよるが、この16000語を単純計算で、英語 8000語、日本語 8000語としたら、日本の学校教育で授業を理解するまでの語彙量が学年相当と比較して少ないことになります。もし英語環境で日本語を使う機会がなければ、日本語は限りなく0となります。つまり授業を理解できない、ということです。

英語のみでの生活をしている幼稚園から卒園した場合、また帰国子女の子どもたちなど、英語環境から日本語環境に変わった場合、戸惑ったり適応するのに時間がかかるのは、自明でしょう。日本の友達との会話になかなか入ることができない、会話の内容についていけない、なかなか辛抱して理解してもらえない場合が多いのです。

でもその語彙量(英語の場合)が日本語環境で住む時間とともに減ったり、無くなったりする、忘れてしまうことも普通に起こりえます。

どちらの言語とも語彙量を維持、なおかつ増やそうと、バイリンガルを目指そうと思うと、子ども自身が「知的好奇心や関心」を持つことが重要だと思うのです。

「知的好奇心や関心」を持つ作業は、読書が一番その助けになり、また、だれでも、どこでも、いつでもできることなんです。

英語力を維持している帰国子女たちに共通して普段からしていることは、英語での読書を続けていることです。

何事もショートカット、近道はないのですね。

The following two tabs change content below.
アバター画像

安田 英承

1970年、日本国生まれ。「セシル」代表。英会話スクール、留学斡旋、翻訳・通訳業務、日本語教室運営を名古屋中心に行っている。韓国人と日本人のハーフで、妻はアメリカ人。1児の父。ハーレーとアメ車好き。 別アカTwitterで「ハーレー英会話」してます。

コメント